不完全な貴方。
あの日の光景はいつまでも私の中に。
大切に
大切に…










ショコラ


数か月が過ぎてクリスマス休暇に入ったホグワーツは、しんと静まり返っていた。
私は日本まで帰るのが面倒なのと、彼が学校に残る者のリストに名前を書き込んだのを見て、帰省をやめた。
休暇の第一日目、朝食のために大広間に降りていくと、そこに彼の姿はなかった。
多少心配にはなったものの、呼びに行くのも探しに行くのも変だし、日頃の疲れを癒したいのだと思ったので特に何もしなかった。
そのまま彼とは一度も顔を合わせることもなく、夜になった。

夕食の後、一人で部屋で過ごすのにも飽きたので私は談話室に、寮に残っている者たちがいるかも知れないと思い、降りていった。
でもそこにいたのは、リーマス・ルーピンただ一人。
私は一瞬ドキリとし、階段を降りる足を止めた。たった一日会わなかっただけなのに、ひどく、懐かしい気がする。

「リーマス?」
名を呼ぶと、彼はちらりと私に一瞥をくれ、目を閉じた。
暖炉の傍のソファに座り、背もたれに頭を預けた彼は、ひどく具合が悪そうだ。
「残ってたの?朝食にいなかったから、グリフィンドールでは残ってるの、私だけだと思ってたわ」
私はさらりと嘘を吐きながら、平然を装って彼の隣に腰を下ろした。
リーマスは何も言わない。
私の心臓が無駄にドキドキと煩かった。
「君は」
「え?」
不意に彼が言葉を発した。私は一瞬何を聞かれたのか解らなくて言葉を詰まらせた。
「ああ…。家に帰らなかったのかってこと?うーん…。帰っても良かったんだけど、日本まで帰るのが何だか面倒で」
嘘、ではない。
少なくとも半分は本当だと自分に言い聞かせて、心臓を落ち着かせようとした。
「ふーん」
彼は素っ気無く返事をした。
目を閉じたまま、少し眉間に皺を寄せて、具合が悪そう。
「リーマス?具合でも悪いの?」
私は心配になって聞いた。
チョコレート、は部屋に置いてきたままだった。
熱でもあるのかしら、と彼の額に手を置く。
私の少し冷えた手と、彼の少し熱っぽい額の温度差が、なんだか不思議な感じがした。

突然、リーマスが私の手首を掴んだ。勢い良く頭を起こす。
私は一瞬怯んで、この状況にどう反応して良いか判らず、ただ呆然とした。
挑発的な妖しい瞳に囚われて身動きが取れないまま、リーマスは手首を掴む手に力を込めた。
私は不安を隠せずに、僅かに逃げようと試みる。
すると、彼の瞳が一瞬揺らいだ。

彼は、何か言いたいのだ、と私は思った。
何かを伝えたいのだと。
でも、言葉が見つからなくて焦っているのだと。

何故だか分からないけれど、その時私には、彼の心情が手に取るように分かった。
それならば、と私は心を落ち着けて、彼に優しく微笑んでみせる。
焦らなくて良いのよ、と。
また、彼の瞳が揺らぐ。

瞬間、彼に腕を強く引かれ、私はその腕の中に収まった。
強く、強く抱き締められて、まるで、身体の中に溜め込んだ緊張を、中々吐き出せずに苦しんでいる彼の苛立ちが伝染したように、私も、息苦しい。

教えて。私に、何を伝えたいの。

微動だにしない彼の身体。
目の前に迫る、僅かだけれど震えているようにも見える彼の肩を見つめたまま、
私はどうして良いかも分からず、泣いてしまいそうになるのを我慢しながら、そっとそっと、彼の背中に手を回した。
ふわり、と自分がつけている香水の甘い香りが広がって、妙に耽美的だと、私は思った。
ふと、彼の身体がわずかに動いた。
それを待っていたかのように、暖炉の火が大きな音を立てて爆ぜた。
彼は一瞬肩を震わせ、ようやく何かから解放されたかのように深く、溜息を吐いた。

「君は、チョコレートでできているの」
掠れる声で、耳元でそっと囁かれた言葉が理解できなくて、私はゆっくりと瞬きを一回。
切な気に囁く彼の声と、その台詞とこの状況があまりにもアンバランスで、私は堪らずクスクスと笑い出した。
すると彼は私の肩を掴んで身体を離し、訝しげに覗き込んできた。
「僕は真面目に聞いてるんだけど?だって君は、いつも甘い香りがする」
私は一瞬きょとんとし、それからにっこりと笑った。
「私がチョコレートだったら、今頃貴方に溶かされていたわ」
思いもよらない返答に、リーマスは戸惑った。
私は何故だかそれが嬉しくて、さらに、笑った。

あの日、まるで作品のように完璧な彼の姿を見て不安に思ったその時から、
彼の不完全なところを見つける度に、私は嬉しくて仕方がなくなる。
彼が生きていると実感する度に、私は笑う。

再び、彼が私を抱き締めた。
香水の甘い香りが私たちを包み込む。
「リーマス?」
私は耳元で囁いた。
彼は一つ、溜息を吐き、それと同時に何かを呟いた。
「え?」
私は彼が何を言ったのか聞き取れず、聞き返した。
「何でも」
と彼は言う。諦めたように誤魔化す彼を見るのも嬉しくて、私はクスクスと笑い続けた。
そして、何の前触れもなしに、彼が私の首筋にキスを落とした。
「リ、リーマス!?」
不意を衝かれた行動に、私は声を上擦らせる。
今度は彼が、肩を震わせて笑う番だった。


今ここに、こうして二人、在ることが、どれだけ特別なことか。
世界が煌めいたあの日が、私にとって特別になったように、
貴方が生きていることが、特別になる。



貴方がいる輝く日々を、

大切に 大切に





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あとがき
リーマス視点「Chocolat」のヒロインとかなり雰囲気の違うヒロインになってしまったような気がしますが、
同じヒロインです…。
お話作るのって難しいですね…。

感想・叱咤お待ちしております!
H17/11/11筆 花