僕が抱く憧憬は、
いつだって君のなかにある。
大切に
大切に・・・


Chocolat


数ヶ月が過ぎて、クリスマス休暇に入ったホグワーツは、しんと静まり返っていた。
毎年ほんの数人が残るのみだ。
僕は満月が近い所為か、その日は朝から具合が悪く、一日中何もせずに部屋で過ごしていた。
夜に談話室に下りて行ってみたが、誰もいない。
暖炉の火だけが、相変わらず部屋を暖め続けている。
僕は暖炉の傍のソファに腰掛け、背もたれに頭を乗せて目を閉じた。
ひどく、身体がだるい・・・。
僕は深く溜息を吐いた。
部屋にチョコレートを置いて来たことに気付き、少しだけ後悔した。
取りに行くのも何だかだるい。
そのまま目を閉じたままでいると、あの時と同じに、どこからともなく甘い香りが広がった。

甘い、甘い、ショコラの香り・・・。

ゆっくりと目を開ける。
が寝室へ繋がる階段を下りて来たところだった。
「リーマス?」
が近付いてくる気配を感じながら、僕は再び目を閉じた。
「残ってたの?朝食にいなかったから、グリフィンドールでは残ってるの、私だけだと思ってたわ。」
僕の隣に座りながら、が言った。
ソファがかすかに沈むのを感じる。
僕は何も答えなかった。

目を閉じたまま、甘い空気を深く吸い込む。
ゆっくりと息を吐きながら、僕は一言。
「君は。」
「え?」
は不意を衝かれたような声を出した。
「ああ・・・。家に帰らなかったのかってこと?
うーん・・・。帰っても良かったんだけど、日本まで帰るのが何だか面倒で。」
恐らく背もたれに寄り掛かったのだろう。ソファが少し揺れた。
「ふーん。」
僕は素っ気無く返事をした。
「リーマス?具合でも悪いの?」
少しも意識せず、が僕の額に手を置いた。
少し冷えた彼女の手は心地良い。

甘い香りが、一層強まった。

僕は突然、額に置かれた彼女の手首を取って、勢い良く頭を起こした。
驚いて見開かれたの瞳と、瞳が合う。
彼女の瞳を捉えたまま、僕は力を入れればチョコレートのように折れてしまいそうな彼女の細い手首を掴む手に、少しだけ力を込めた。
彼女の瞳に不安の色が浮かんだのが判った。
僕は何故か、焦りを感じる。
心臓が常より速く脈打っている。息苦しい。
はけれどもすぐに、まるで子供を諭す母親のような瞳で微笑みかけた。
僕の焦燥が、苛立ちに変わる。まだ、息苦しい。
僕は彼女の手首を持つ手にさらに力を込め、彼女の腕を引いた。
彼女の、細い肩を強く、抱き締める。

甘い、甘い、ショコラの香りが僕をも包む。
深く、甘い香りを吸い込むが、苛立ちのおかげで上手く息を吐くことが出来ない。
静かな談話室はまるで、時間が止まってしまったようだ。
僕の心臓だけがドクドクと、やたらとうるさかった。
僕の腕の中の彼女は身動きもせず、ただ、僕を受け止めている。
とても華奢で、チョコレート細工のように、力を込めれば脆く、崩れてしまいそうだ。

どうせなら、君が本当にチョコレートだったらいい。
今ここで、細かく砕いて、明日には行くことになるだろう叫びの屋敷へ
君を持って行けたのに。

僕は彼女を抱く腕にさらに力を込めようとした。
が、暖炉の火が僕の思惑を見透かしたように、大きな音を立てて爆ぜた。
それを合図に、やっと僕は呼吸が出来るようになった。
全身の力を抜いて、苛立ちと共に深く、息を吐き出した。
ショコラの香りが、僕の胃の辺りへ落ちてゆく。
彼女を抱き締めたまま、僕は掠れる声で聞いた。
「君は、チョコレートでできているの。」
少しの間があって、彼女はクスクスと笑い出した。
僕は彼女の肩を掴んで身体を離し、訝しげにを見た。
「僕は真面目に聞いてるんだけど?
だって君は、いつも甘い香りがする。」
は一瞬きょとんとし、あの日のように微笑んだ。
「私がチョコレートだったら、今頃貴方に溶かされていたわ。」
今度は僕が、彼女の言葉に不意を衝かれて戸惑う番だった。
そんな僕を見て、彼女はさらに笑顔を深くする。
僕が焦がれて止まない笑顔が、目の前にあった。
僕は再び、彼女を抱き締めた。
今度は優しく、こわれものを扱うように。
再び、甘い香りが僕をも包む。
この香りが彼女のつけている香水だと気付き、今更さっきの言葉が恥ずかしくなった。

「リーマス?」
彼女の声が、耳元でささやく。
「君が、本当にチョコレートだったら良かったのに。」
僕は独り言のように呟いた。
「え?」
が聞き返す。
「何でも。」
僕は繊細なチョコレート細工を扱うように、優しくそっと、
けれど力を込めて、彼女を抱いた。
そっとそっと、彼女の首筋にキスを落とす。
口の中に、ショコラの香りが広がった気がした。
「リ、リーマス!?」
彼女の上擦った声が可笑しくて、僕は彼女を抱き締めたまま、
肩で笑った。


明日にはここにいられないだろうから。
彼女の甘い香りを忘れないように。
彼女を優しく、優しく抱き締める。



甘い、甘い、ショコラの香り。
僕が焦がれて止まない笑顔。
君がいる輝く日々を、


大切に 大切に






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あとがき
誰もが書くであろうチョコレートネタ。
リーマスがチョコレートをもって歩く理由、みたいな。
別に、甘党だからとかそんなんじゃないと思っています。多分。
タイトルを仏語にしてるのは、
香水=フランスっていう単純な思考回路だから。
あと、一応物体と香りの区別として…。
ゴルチェの香水を使っているのですが(毎日じゃないけど)、
それがショコラっぽい香りがするのです。
お気に入り。
香水って壜も可愛いし、インテリアにもなるから好き。
香りは記憶にも強く結びつくし、中々使えるネタです。

H17.3.29筆 花