世界がこんなにも
優しく輝いていることを知ったのは
君が、いたから
Chocolat
特別、彼女と一緒にいる時間が長いという訳でもないし、
特別、彼女でないといけない理由もなかった。
僕は僕で、心から打ち解けられる友人たちとの日常に熱中していたし、
それだけで僕には十分すぎるほど、幸せだった。
でも、月に一度、僕は僕であることにうんざりせずにはいられない。
その日も僕は、叫びの屋敷から早朝、皆に気付かれないようにグリフィンドール寮へ戻った。
否、戻るはずだった。
いつものように疲れきった僕は、夏の暑さがまだ残る九月の空気に、何もかもどうでもいいという気になっていた。
城への道すがら、僕は突然、この誰もいない原っぱに身を投げてみたくなった。
とにかく、楽になりたかったのだ。
ドサリと音を立てて芝に仰向けに横たわると、一瞬で僕の身体から根が生えて、その場に沈み込んだ。
重力が、とても気持ち良い。
目を瞑ると、短く切りそろえられた芝がちくちくと頬をなでる。
土の香りが、僕をそのまま溶かしてしまいそうだった。
しばらく自分が大地になった気分に浸っていると、どこからか甘い香りが鼻をついた。
甘い、甘い、ショコラの香り・・・。
「リーマス?」
目を開けると一人の少女が心配そうな顔をして僕の顔を覗き込んでいた。
少女の胸まで伸びた黒い髪が、僕の目の前でゆらゆら揺れる。
髪の隙間から、陽の光がキラキラと射し込んだ。
「・・・?」
カーテンのような彼女の黒髪に手を通す。
ひんやりと、心地良い。
「早いね。」
僕は虚ろに声を掛けた。
「リーマスこそ、何をやってるの。こんなに朝早く。死んでるのかと思ったわ。」
泣きそうな顔をして、彼女が言った。
「うん。このまま、消えてしまいそうだよ。」
根の生えた僕の身体は、未だに重力に押さえつけられたまま。
このまま、土に溶けて、何処へ行こうか。
再び目を閉じて、重力に身を任せていると、不意に口の中に甘い味が広がった。
僕はびっくりして目を開ける。
「バカ言わないで。疲れてるのよ、リーマス。チョコレート、食べて?
疲れたときには甘いものが良いのよ。」
そう言って彼女はもう一欠片、無理やり僕の口の中にチョコレートを押し込んできた。
身体の奥に沈むようにチョコレートが溶けて、代わりに温かいものが浮き上がってくる。
少し元気が出た僕は、何故か少し、不機嫌になった。
無理やり口の中にものを押し込まれたんだから、不機嫌にならない方がおかしい。
僕は勢い良く上肢を起こした。
その反動で、が身を引く。
「ところで君は、こんなところで何をやってるの。」
僕は左膝を立てて座り、その上に肘を乗せ、さらにその上に頭を乗せて、右脇に座っているを見据えた。
「何って別に・・・。起きちゃったから散歩でもしようかと思ったらリーマスが倒れてて・・・。
だからこっちが聞きたいわ。一体こんなところで何してるのよ。」
半ば怒りながら、彼女が言った。
心配したり、泣きそうになったり、怒ったり、大変だなと僕は頭のどこか遠いところで考えた。
「僕は別に、これがいつものことだよ。ただ、疲れたなって思っただけ。」
また彼女が心配そうな顔をするので、僕は仕方なく「大丈夫だよ」と溜息混じりに付け加えた。
「君のチョコレートのおかげで元気になった。」
そう僕が言うと、彼女は心から安心したように微笑んだ。
東から降り注ぐ陽を浴びて、彼女の黒髪が絶え間なく輝いていた。
キレイだ、と思った。
グリフィンドール寮へ、二人並んで戻る間、僕はチョコレートの魅力について、に散々聞かされた。
彼女曰く、チョコレートは体力を回復させてくれるだけでなく、気分を楽にしてくれると言う。
「マグルの世界ではね、チョコレートダイエットなんて言うのもあるらしいわよ。
ダイエットって聞くだけで過酷でしょう?でも、チョコレートで楽しくダイエットが出来るのよ。」
はっきり言って、僕には良く解らなかった。
ダイエットなんて興味なかったし、チョコレートよりも魅力的なお菓子はハニーデュークスに山ほどある。
でも、あまりに彼女が嬉しそうに話すので、
僕はその日以来、叫びの屋敷には必ず、チョコレートを持って行くようになった。
寮へ戻った僕らはまた、何事もなく日々を過ごす。
僕は相変わらず親友たちと遊びに熱中し、彼女も彼女の友人と一日を過ごす。
ただ、以前と違うことは、頻繁に彼女と目が合うようになったこと。
あの日以来、彼女は僕がまた突然倒れるのではないかと心配してくれているのか、
まるで恋人か、母親のように僕を見つけては微笑んでみせる。
僕は、彼女を見ているのが好きだった。
彼女はいつも笑顔を欠かさない。
アジア人特有の黒く、艶やかな美しい髪。
それは、圧倒的な存在感。
陽に輝く彼女の笑顔が、瞼に焼き付いて離れない。
いつの間にか、意識して彼女の姿を探すようになっていた。
あとがき
「圧倒的な存在感」
これを言わせたいがために書き始めた話です。
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