「話があるの」
そういう文句で呼び出される場合は大抵相場が決まっている。
Dusk
普段はほとんど使われることのない教室に呼び出されて、俺は渋々そこへ向かう。
初めて異性に告白された時はそれなりに戸惑ったが、今では慣れたものだ。
皆、様々な思惑を持って、俺に"話がある"と言いに来る。俺は決まり文句を言うだけだ。時々は流されて付き合ってみても良い。でも、そういう場合は長くは続かなかった。当たり前だけど。
俺の一番近くにいる女は、俺に"話がある"とは言わない。あいつはリーマスといることを好むからだ。それが、腹立たしかった。
「悪い」
俺は短く言った。相手はスリザリンの女で、名前も知らない。
「私、純血よ・・・」
女は 信じられない、といった目付きで俺を見上げた。
「だから?」
純血だろうが関係ない。もっと、気の利いたことが言えないのか。
俺は女を見下した。女の顔に、カッと朱が差した。窓から差し込む西日で、その紅はさらに強調される。
「信じられないわ」
気丈にも女はそう言うと、弾かれたように教室から飛び出した。
俺は窓に寄り掛かって溜息を吐く。
信じられない。確かに。
あの女は純血というだけで、俺の何を期待していたのだろう。今更そんな、俺がグリフィンドールに決まったときから、何の期待もしてはいけないというのに。二度目に出てきた言葉がもっと違う言葉だったら、まだチャンスはあったかも知れないのに。そんなことを考える俺は、"最低"という語意を含ませる"信じられない"という言葉に値する。
俺は薄く、口元で笑った。
西日がとても、暖かかった。
「そういうの、似合わない」
廊下から、知った声が聞こえた。
「?」
俺は声の主と思われる人物の名前を呼んだ。しかし、そこには既に誰の姿もなかった。
見られたか。
何となく戸惑ったが、別に見られて特別俺が困ることではない。
俺は再び溜息を吐いて、ホグワーツを紅く染める西日を楽しみながら、談話室に戻った。
談話室ではジェームズとピーターが暇そうにしていた。リーマスの姿がなかったが、敢えて二人にその行方を聞くことはしなかった。俺は盛大な溜息を吐いてソファに座る。
「呼び出しご苦労様」
ジェームズが皮肉を言った。
「別に」
「おや?ご機嫌斜めかい」
スリザリンの彼女は気に入らなかった?と加える。ジェームズは目敏い。どこから情報を得てくるのか。俺が半ば呆れた目付きでジェームズを見ると、彼はとぼけるように肩を上げた。
「俺も真面目だよな」
色々なことが馬鹿らしく思えて、俺は投げやりに言った。ジェームズとピーターが顔を見合わせる。これは喜劇だ、と言わんばかりに。
ジェームズは杖を一振りしてコーヒーを出した。
「シェイクスピアは嫌いじゃないよ」
と言いながらコーヒーを俺たちに勧める。
「は?」
俺は眉間に皺を寄せながら、行儀良く、コーヒーを頂いた。
ピーターは何が楽しいのか、にこにこしながら勧められたコーヒーにミルクと砂糖を入れて飲んでいた。
「恋に悲劇はつきものだよ、パッドフット君」
俺は再び盛大に溜息を吐いた。他人事だな、と横目でジェームズを睨む。
ふと、ジェームズの視線が逸れて、談話室の入り口の方へ向かって手を揚げた。俺とピーターも遅れてそちらの方を見る。
リーマスとが、なんとも仲良さ気に戻ってきたところだった。まるで二人、恋人同士かと思うくらいだ。先程のの俺に対する態度を思い出して、その差に腹を立てた。
彼女は俺を一瞥すると、すぐに顔を背けた。リーマスに何事か告げて、足早に寝室への階段を上がっていった。俺はさらに、虫の居所を悪くした。
「はどうしたの」
ジェームズがリーマスに聞いた。リーマスは俺に意味有り気な視線を向けると、軽く溜息を吐いて、「さあ、」と言った。
俺は何故か、居心地の悪い思いがしてリーマスから視線を逸らした。
リーマスの口元が、薄く笑みを浮かべたような気がした。
「君と、何かあったんじゃないの」
ピーターの隣に座りながら、リーマスが言った。
こいつ、何をどこまで知っているのだろうか。
俺は妙に焦り始める。それを表に出すようなことはしないが。
ジェームズはにやにやと、俺の言葉を楽しみにしている様子だ。シェイクスピアのような劇的な話を望んでいるのだろうか。
「そういうの、似合わない」
俺は言った。
「は?」
ジェームズがぽかんと口を開けて俺を見た。
「って言われた。に」
「似合わない?何だい、それ」
ジェームズは顔を顰める。
「さあな。そういうのが、似合わないらしい」
俺は投げやりに答えた。
「ふむ・・・。女心とは、難しいものだね」
哲学者か何かのようにジェームズが言った。それに対してピーターがははは、と短く笑って、隣のリーマスを見た。
リーマスは、何も言わなかった。
ある日ある夜、一人、また一人と寝室へ向かって行き、だんだんと生徒の数が減っていく談話室で、俺は何もせずに暖炉の火に当たっていた。
階段を登ったりするのが面倒だった。ジェームズたちもついにはベッドを恋しがり、談話室には俺とだけが取り残された。彼女がどうして談話室に残っていたのか知らないが、ただ、席を立つタイミングを掴めなかっただけのような気もした。
気を利かせて何か話した方が良いかもと思ったけど、二人きりだと妙に気まずい。座っている位置にも問題があるかもしれない。俺は三人掛けのソファの端に座っていたし、は俺のほぼ直角の位置にある一人掛けのソファに座っていた。
この二人分のスペースは、数分前にジェームズとリリーがいた所だ。皆がいると気にはならないけど、いないと意外と遠いな。俺は思って目を閉じた。
暖炉の炎がパチパチと小さく爆ぜて、心地良い。このまま、ここで寝てしまおうか。と思い始めた時だった。
「嫌」
短く、彼女が言った。こいつはまた、何を言い出すんだ、と俺は彼女を見た。
「何が」
「何か、喋ってよ」
唐突な彼女の要求に、俺はあからさまに顔を顰めた。
「は?」
「シリアスなの、似合わない。何か喋ってよ」
「お前なぁ・・・。この前といい、何だそれ。似合わないって」
理不尽な彼女に容赦なく溜息を吐いてみせた。
そうだ。こいつはいつだって理不尽で、リーマスのことを考えながら、俺をも支配しようとするんだ。俺はだから、向きになって抵抗してみせたくなる。
「だって、嫌なのよ。シリウスは笑ってないと困る」
ほら、そうだ。お前は俺のことを考えない。
「あのなぁ、俺だって考えるときくらいあるの」
「でも貴方は笑ってなきゃいけないんだよ。それくらいの報いは当然なの。女の子にあんな顔させるんだから!」
理不尽だ。彼女は一体何のためにこんなことを言っているのか。俺に一体どうして欲しいのか。リーマスのように優しくしてやれば良いのだろうか。
でも俺は、自分以外の男のことを考える女に優しく出来るほど、大人じゃない。
「お前に何がわかんの」
強い口調で俺は言った。彼女の瞳が怯えて揺れる。それを見て俺は、しまった、と思った。
思ったときには大概手遅れだ。自己嫌悪に頭を垂れた。
何故、優しくしてやれないんだ。このままでは平行線だ。それでは駄目だ。
「」
気を取り直して頭を上げると、俺は彼女に手招きをした。は戸惑いを隠さない。
「こっちに来い。二人で話すには遠すぎる」
優しく聞こえるように、一応は努力したつもりだったが、やはり無駄だった。どうも俺の口調はどうやったって棘が出てしまうらしい。今更だとは思うが、こういう場面で不便だと思う。
は暫く考えた後、ちらりと寝室へ繋がる階段へと目を走らせた。その行為が癪に障る。
「リーマスでも待ってんの」
が座るのを待ってから、俺は言った。彼女の肩がビクリと震えるのを見て、またやってしまったと反省し、同時に図星か、と腹を立てた。
今、君の隣にいるのはこの俺で、リーマスではない。それなのに、他の男のことを考えるのか。
俺は再び溜息を吐いた。こんな気持ちになるのなら、全てを吐き出してしまえば良いのだ。憤りも愛しさも全て。
「俺、リーマスみたいに優しくないから。いつも、はっきりと断るしか術がない。ブラックの名前が欲しいだけの奴もいるし・・・それに」
曖昧にするのは俺らしくない。言え。
「女なら誰でも良いってわけじゃない」
自分の想いを伝えることがこんなにも勇気の要ることだったなんて。今更に、彼女たちの偉大さを痛感した。でも、思ったときにはもう、遅い。
「俺、が好きだ」
触れた頬は少し冷えていて、僅かに震えていた。
「私、リーマスが好きなの」
「知ってる。だから、優しく出来ない」
それでも俺は、君が愛しい。
暖炉の炎が、夕暮れ時のように、優しかった。
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あとがき
シェイクスピアは嫌いじゃないよ?読んだことないけど・・・!
「黄昏」のシリウスサイド。シリウスって書くの難しいです・・・。
感想・叱咤お待ちしております。
'06.02.14筆 花