暮れ泥む夕日の中に、ぼんやりと浮かび上がるシルエット。
普段の貴方からは想像も出来ないほど儚いその姿に、私は胸が軋むのを感じた。

その時から私は、
貴方の中に入り込むのが恐くなり、手を伸ばすことさえ出来なくなってしまった。





それは、秋の夕暮れ。





たそがれ


木々は紅く染まり、波長の長い赤い光が、空も、空気も紅く染め上げていたそんな放課後。
私は一人、廊下を歩いていた。
すると右手側の空き教室から女の子が一人。タイはスリザリンだった。
彼女は瞳に薄く涙を滲ませ、悲しみとも、羞恥とも、怒りとも取れる表情で荒々しく出てきた。
瞬間私と目が合ったが、私が心配する隙も与えず少女は去っていく。
開け放たれた扉から教室の中が見えた。
西側の窓辺に、そのガラスにもたれ掛かるような形で立っている彼は、何かを堪えるように目を伏せ俯いている。
柔らかな西日の中にその端正な横顔が、立ち姿がぼんやりと浮かび上がる。
常ならば負けん気溢れる彼の快活な笑顔は今は、微塵も残っておらず、
泣きたくなるような彼の美しさに恐怖を覚えた。
でも、それと同時に怒りも込み上げてきて。

「そういうの、似合わない」

私は声を、あげていた。
?」
彼が私の名前を言い終わらないうちに、私はその場から逃げ出した。

城中を早足で歩き回った。
身体の中の怒りが納まるまで。または、恐怖が、逃げ出すまで。
頭の中で彼に罵声を浴びせながら、私は歩いた。

何、何、何なの!その顔は!
一人前に、罪悪感に溺れているの。
何なの貴方!当たり前じゃないの。あの女の子を傷つけたんだから。
それ位の痛みは背負うべきだわ。

貴方はあの子と二人きり。
何を、言ったの。
どんな顔で、あの子と向き合ったの。
どんな声で、話し掛けたの。
やめてよ、やめて。
私はそんなこと知りたくもないわ。
そんな顔しないで。
貴方は、どんな瞳で…。
私の知らない貴方は。誰そ彼は。
彼は、誰。


頭の中に飛び交う、自分本位で支離滅裂な言葉に虚しくなって、私は歩く足を止め溜息を吐いた。
グリフィンドール寮に戻ろうと思って踵を返すと、3歩歩いたところで誰かに呼び止められた。

優しい声音は振り返らなくても判る。
「リーマス」
声の主の名を呼びながら、振り返るとさっきまで私が立っていたところにリーマスがいた。
「どこから出てきたの」
クスクス笑いながら、私は聞いた。
どうせ答えは解ってる。彼らは私を含む他の生徒よりも余分に道を知っているのだ。
「企業秘密」
彼は朗らかに言う。私はやっぱり、と軽く溜息を吐いた。
「どこへ行くんだい」
彼は私との3歩の距離を縮めながら聞いた。
「寮へ戻るの」
「じゃあ一緒だ」
彼が一歩、前へ出た。
私を追い越す瞬間に、彼はちらりと私に視線を向けて、暗に私の足を促す。
私は再び踵を返し、小走りでリーマスの隣に並んだ。
「どうせならもっと近道すれば良かったのに」
私が隣に着くと、彼は歩調を合わせてくれる。
「なんとなく、ね。歩きたい気分」
そう言って彼は、にっこり笑った。
「なにそれ」
ふふふっと笑いながら、私は猫のようにリーマスの腕にぴたりとくっついた。
「なに?」
「なんとなく、ね」
リーマスの口調を真似て、私は笑う。
なにそれ、と言って彼も笑った。

「はい」
不意にチョコレートを一欠片、彼は私に差し出した。私は隣のリーマスを見上げた。
「何か、あったみたいだから。落ち着くよ」

ああ…もう。この人は…。
こういう人がいるから私は…。
甘えてしまうんだ。
それではいけないと思いつつ、甘えられる存在に嵌ってしまうんだ。
もう…

「ありがとう」
そう言って私はさらにリーマスの腕にしがみついた。

大好きだ。

紅い西日に照らされて、長い廊下に二人の影が細く伸びた。


談話室に戻ると、暖炉の傍のいつものソファにジェームズたちの姿が見えた。
もちろん、彼も。
その笑顔はいつものもので、私は胸が、ちくりと痛んだ。
ジェームズが私たちに気付いて手を挙げた。リーマスがそれに答えて軽く手をあげ足をそちらに向ける。
こちらに背を向けていた彼と、ピーターもジェームズの視線を追い掛けて振り返った。
彼は私たちの姿を確認すると、わずかに眉根を寄せた。
私はそれが気に食わなくて、ふん、と鼻を鳴らし、リーマスに別れを告げて寝室の階段を上って行った。階段を上りきる前に、ジェームズの、はどうしたの、と聞く声が聞こえた。


部屋に入るとルームメイトたちが、一つのベッドに集まってクスクスと楽しげに笑っていた。
どうやら噂話に花を咲かせているようで、リリーだけが自分の机で勉強していた。
それでも彼女は器用なので、勉強をしながら女の子たちの話に時々混ざることができる。
私は耳に集中すると目がご無沙汰になるので、リリーのような芸当は到底できない。
彼女はいち早く私の帰宅に気付き、微笑んだ。
「おかえり」
「ただいま」
私もにっこりと微笑み返す。
「あ!!おかえり。ねえ、知ってる?」
ルームメイトたちは口々におかえりと言って意味ありげに含み笑いをする。
私がちらりとリリーを見ると、彼女は肩を竦ませた。
「何を?」

「シリウス」

シリウス。

胃が、ずしりと動くのを感じた。
彼の名前を聞いた瞬間に、少女たちが何を話していたのかを理解する。
「スリザリンの子がね、振られたらしいよ」
みんな、良く飽きないなと思う。こういう類の話に登場する人物は大概いつも同じである。
シリウスは、その代表で。私はたまたまその現場を見てしまっただけで。
特に珍しいことでもないのだろう。
「ふーん」
返す言葉が見つからなくて、とりあえず返事をした。
「もう。反応薄いなぁ。気にならないの?」
私は軽く首を傾げてみせた。
「いいよね、たちは!なにせあの人たちと特別親しいんだから!」
別に、特別って訳でもないけど。
とは言わずに私は「そんなこと…」と日本人らしく曖昧に微笑んでみせた。
仲良くしたいのならすれば良いんだわ。
とは言わずに。
「それにはリーマスといい感じだし?」
一人が言った。
ねー、とルームメイトたちは同意する。
これにはさすがの私も驚いて、慌てて言い返す。
「な!何言ってるのよ!そんなんじゃないのよ。
 そりゃあ彼のことは好きだけど良い友達っていうか…」
「貴女こそ何言ってるのよ。
 男と女の間に好きって単語が出てきたら、それはもう恋愛以外のなにものでもないのよ!」
女の子たちは当然のように頷き合う。
私は耳まで熱くなるのを感じ、慌ててベッドに身を投げた。
ルームメイトたちはそんな私をけらけら笑い、再び噂話に花を咲かせた。

そうなのかしら。本当に?この好き、は恋なのかしら。

そのまま目を閉じると、暮れ泥む陽光に映し出されるシルエットが瞼に浮かんだ。


誰そ彼は…。




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