Blue



その日の空は、とても青くて、
上を向いて歩いていた私には、酷過ぎる程、眩しかった。

「バーカ」
唐突に、彼を罵る。
理由はない。ただなんとなく、腹が立ったからだ。
私を気遣うことなく、数歩先を歩く彼が気に食わなかったからかもしれない。
「何だよ、急に」
少し不機嫌に、彼は振り返って言った。
「ばーかばーか」
私は繰り返す。
「おいおいおい。理由も言わず、そんなこと言うなんて酷いんじゃないか」
「何となくだもん。理由なんてないわ」
「ほーう。理由もなく人をバカ呼ばわりするのか、お前は」
「だって…」

仕方ないじゃない。

言いかけて、口を閉ざした。
女心とは変わりやすいものだ。私はそれを自身で十分証明できる。
今も、突然不機嫌になり、突然悲しくなって泣きそうになった。

空が、青過ぎるせいかもしれない。
青過ぎる空の下に立っていると、この広い世界に、一人取り残された感じがする。
しかも、私は何も知らない赤ん坊なのだ。泣きわめいても、周りには何もない。

「大丈夫か?」
黙り込む私を心配したのか、彼は優しく私に声を掛けた。
私は彼を見上げた。
ぼんやりと、目の前の彼を見て、ふと思う。

私は、この人のことを何も知らない。

また、悲しくなった。
もう何年も一緒に居るというのに、私はこの人のことを何も知らない。
恐らく、彼も私のことを何も知らないだろう。
この青い空の下では、人は皆等しく一人だろうから。

「シリウス」
私は彼の名を呼んだ。
彼の綺麗な顔が私を見つめる。
「私、淋しい」
言って俯いた。何が何だか解らなかった。
混乱していた。自分でもそれが解った。

きっと、空が青過ぎるせいだ。

「ほら」
唐突に、彼が手を差し伸べてきた。
この手を取れ、と言わんばかりに私の前に突き出している。
私がぐずぐずしていると、彼は痺れを切らして私の手を握った。

「ほら、これで淋しくない」

暖かかった。
彼の手にすっぽりと納まる私の手。
私は縋る様に彼を見上げた。

「何を考えてんだか知らないが、これだけは言えるな」
彼は自信あり気にこう言った。

「大丈夫」

繋いだ手が暖かい。
縋るように見上げた彼の、自信に満ち溢れた顔の向こうには青い空。

「・・・っふ!あっはっは!」
私は込み上げてくるものが我慢できずに笑い出した。
そして、彼の首に飛びつく。
「何が!」
勢い余って、そのまま倒れそうになるが、寸でのところで彼が受け止める。
「何が大丈夫なの!シリウス!」
何故だか可笑しくて仕方がない。
「わかんねー」
私の背中に腕を回し、彼が言った。
何故か彼も笑っている。
「あなたのそういうところ、大好き」
そう言ってキスをした。
なんだかとても、愉快だった。

「さ、お姫様、行きますよ」
彼はそう言うと、優しく私の手を取った。
私はその手をじっと見つめて、それから彼の顔をじっと見つめて、にっこりと笑った。
「ええ」

この手があれば、生きていける、ふと、そう思った。


その日の空は、とても青くて、
上を向いて歩いていた私には、酷すぎる程、美しかった。






Close
超久しぶりの新作。
もー駄目だー・・・。なにこれー・・・。
感想、叱咤お待ちしております。
08.12.30筆 花