ソレハ、ナニ。


















唄を忘れた金糸雀は 後ろの山に棄てましょか
いえ いえ それはなりませぬ

唄を忘れた金糸雀は 背戸の子藪に埋けましょか
いえ いえ それはなりませぬ

唄を忘れた金糸雀は 柳の鞭でぶちましょか
いえ いえ それはかわいそう

唄を忘れた金糸雀は 象牙の船に銀の櫂
月夜の海に浮かべれば

忘れた唄を 思い出す






金糸雀








「何の歌?」
が口ずさむ聞きなれない歌の不思議なメロディに惹かれて、僕は聞いた。
「日本の童謡」
暇そうにソファにもたれていた彼女は、退屈そうな声を出した。
今月は早くに満月が終わって、僕はかなりゆとりを持っていた。月に一度、満月があることには変わりがないのに、その日が月初めに来るか月末に来るかで気分も大分変わった。
例えば、今、談話室で騒いでいる他の生徒たちが作り出す騒音に対して、苛付くこともなくなる。普段の僕がどれほど心の狭い人間かはこの際どうでも良く、満月に対する僕の畏怖が、僕からゆとりを奪うのだ。
「どういう意味の歌なの」
退屈そうな彼女のために、僕は開いていた本を閉じ、聞く体勢に直った。

「唄を忘れたカナリアは、後ろの山に棄てようか」

少し考えてから、はたどたどしく日本語の歌詞を英訳し始めた。

「いえ、いえ、それはいけません」

ドキン、と心臓が波打った。

「唄を忘れたカナリアは、裏庭の小藪に埋めようか。いえ、いえ、それはいけません」

脳が、聞いてはいけないと警告を出す。しかし、手遅れだった。

「唄を忘れたカナリアは、柳の鞭で打ちましょう。いえ、いえ、それはかわいそう」

嫌な汗が、背筋を伝った。歌詞など聞かなければ良かったと今更後悔する。

「唄を忘れたカナリアは、象牙の船に、金のオール、月夜の海に浮かべれば」

は軽く息を吸った。

「忘れた唄を、思い出す」


二人の間に沈黙が訪れた。僕の身体は訳も判らず震えだし、冷や汗が滲み出た。
「リーマス?」
は僕の異常に気付き、僕の肩に触れた。
「それで・・・それじゃあ、カナリアは、幸せにはなれない?」
「え?」
僕は震える声で聞いた。否、質問ではなかった。自問、のような僕の呟きは、を戸惑わせた。
「月夜の海に流されて、それで、その後、カナリアはどうなるのだろう」
手の震えが一層強まる。僕は何とかそれを押さえつけようと、両手を組み合わせた。
「唄を、思い出すのよ」
戸惑いながら、遠慮がちに彼女が言った。
「その後だよ。その後、唄を思い出して、どうするんだろう」
「どうして急にそんなことを?ねえ、リーマス。あなた、変よ」
「・・・変?君はじゃあ、どうして急にそんな歌を?」
「・・・分からないわ。急に、思い出したのよ」
「分からない。そう。僕もそうだよ。突然思ったんだ」
僕は祈るような姿勢になった。手の震えだけ、どうしても止められない。
月夜に唄を思い出したというカナリア。この歌は、一体何の歌なのだろう。何故、こんなにも身体が震えるのだろう。カナリアはもしかしたら、唄を思い出したくなかったかもしれない。海に浮かべられて、そのまま戻ってこられなかったら?これは何の歌?
落ち着け僕は、カナリアじゃない。僕は僕の本質を忘れたことはない。それでもなお月は、彼女の言葉を借りて僕にその存在を顕示するのか。
手の震えが、止まらない。

「リーマス」
ふわりと、彼女の腕が僕を包んだ。子供をあやす母親のように、優しい手。

「リーマス。カナリアは、飛べるわ」

優しい優しいの声。僕は瞳を閉じた。暖かい、彼女の体温。


わからない。

答えは見つからないまま。





僕も、飛べるだろうか。





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あとがき
意味はない・・・。
*引用・・・西条八十 「金糸雀」

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'06.03.30筆 花