windmill
あれは、とても寒い雪の日。
僕たちは暖かい暖炉の前の席を、いつもの四人で陣取っていた。シリウスとジェームズはチェスをしていて、ピーターは薬草学のレポートを必死でやっている。
僕はというと、することもなく、チェスを観戦しながらピーターの質問に適当に答えていた。
窓の外は白い雪が降り続け、止まることを知らないようだった。
ガシャン、と音のした方を見ると、丁度シリウスのナイトがジェームズのビショップを盤外にはじき出したところだった。この二人のチェスは、いつも長引くかすぐに終わるかのどっちかだ。見たところ、今回のは長引きそう。僕の交代まで、結構掛かりそうだった。
ピーターは相変わらずレポートに必死。
「図書館で本を借りてくるよ」
暇だったので、僕はそう言って席を立った。
ジェームズとシリウスが「ああ」と言って軽く手を上げた。
ローブを被って談話室を出ると、さすがに廊下は談話室とは比べものにならないほど寒かった。
僕は自然と足が速くなる。外は相変わらずの雪景色。
雪が降るとワクワクするけれど、その反面、不安になることがある。
雪が止んだすぐ後は、静か過ぎて、狂気に満ちている。
僕の中の怪物が、暖かい血を求めて叫びだしそうになるからだ。
僕はこの静寂の中、僕の叫び声が他の皆に聞こえてしまわないかが怖かった。
図書室へ着くと、僕は手近にあった本を選び取り、そそくさとそこを後にした。早くみんなのところへ戻りたかった。
来た道を戻り始めると、知った声が、僕を呼び止めた。
「リーマス!」
ビクリと足を止め、後ろを振り返るとそこには、黒髪の少女が一人。
「そんなに急いでどうしたの?」
くるりとした大きな瞳をこちらに向け、小首を傾げながらこっちへ来る。
「・・・なんでもないよ。」
僕は落ち着いて、にっこりと言った。
「ねえ!これ、見て」
そう言うとは、赤い紙で作られた風車を僕の前に差し出した。
「さっき、リリーと作ったの」
寒さで頬を赤くしながら、は嬉しそうに言った。
赤い風車がカタカタ廻る。
「春が待ち遠しくてさ、作ったんだ。春、だよね。風車って」
彼女の手の中で、カタカタと風車が廻る。
カタカタ・・・カタカタ・・・
僕の手から、持っていた本がバサリと落ちた。
が驚いて僕を見上げる。彼女が持っている赤い風車も、僕を見上げた。
カタカタカタカタ・・・
僕は、走った。
後ろからが僕の名前を呼んでいる。
でも僕は、そんなこと構いはしない。
とにかくあの風車から逃げなければ。そんな気がした。
何故かは解らない。何故、逃げなければならなかったのか。
輪廻。
そんな言葉が頭を過った。
輪廻。くるくる廻る風車。カタカタカタカタぎこちなく、永遠に止まることはないように思えた。
突如、雪に足を取られて僕は転んだ。
いつの間に雪の中を走っていたのか。
冷たい雪に埋もれてしまった僕は、何かに囚われたかのように動けなくなってしまった。
目の前に広がる白い世界。雪は、容赦なく僕の体温を奪う。くるくる廻る風車の、カタカタという音が、未だに耳に残っていた。
「リーマス!」
遠くからの声が響いた。降り続ける雪に吸収されてその声は、とても幻想的。
ああ、何故、追いかけて来たの。
僕は今、独りになりたかったのに。
「リーマス?」
息を切らしながら、彼女が僕に追いついた。
「突然、どう、したの?私、何か、いけないこと、した?」
途切れ途切れ、息を整えながら、は言う。
僕は何も答えない。否、答えられなかった。
僕自身も良く解っていないのだから。
ただ、頭の中を支配しているのは、赤い風車と、輪廻という言葉。僕にとっては絶望的な言葉に思えた。
「リーマス?」
何も答えない僕を心配してか、は小さな声で僕の名を呼ぶと、傍に、膝を着いた。
僕は彼女を心配させまいと仰向けになったが、どんな顔をしているのかが怖くて、腕で顔を隠した。
何か言葉を発しなければ。そう思ったけれど、言葉は出てこない。
言うべき言葉が見つからない。ただただ僕は虚しくて、泣き叫びたい気持ちで一杯なのに、言葉も涙も出てこない。
目を閉じているはずなのに、瞼を透けて、白く冷たい雪景色が広がった。
僕の中の怪物が、暖かい肉を求めて叫びだそうとしているのか。
カタカタカタ・・・輪廻。僕は永遠に怪物のまま・・・。
例え生まれ変わっても、きっと僕は怪物になる。
ドサリ、と雪に何かが沈む音がした。
僕はが倒れたのだと思って慌てて起きた。すると彼女は僕の隣に仰向けになって寝そべっているだけだった。手にはしっかり、本と赤い風車が持たれている。
「浮き上がってるみたい!」
顔を輝かせて彼女が言った。
全く緊張感のない彼女に、僕は全身の力が抜けていくのを感じた。
と同様、ドサリ、と音を立てて再び雪の上に仰向けになる。
「風邪、引くよ」
軽く溜息を吐き、隣のに言った。
「それはリーマスでしょう。ねえ、ほら。空、見てよ!浮くよ」
そう言って彼女は天を仰ぐ。つられて僕も、天を見上げた。
どんよりした白い空に、白い雪が、僕に向かって落下してくる。
なるほど、これは、浮く気分___。
そう、思った瞬間だった。
僕の脳裏を何かが通った。慌てて僕は顔を隠した。
「リーマス?どうしたの」
の身体が動く気配がする。
それだけで僕は、僕の中の怪物が、輪廻が、カタカタと首をもたげて今にも叫び出しそうな、そんな恐怖が押し寄せてきた。
ああ、どうか、。
僕のことなど放っておいて。早く向こうへ行ってくれ。
白と赤のコントラストの狂気が僕を支配する前に、どうか僕から離れて行って。
でも、お願い。傍に居て。
「リーマス。お願い、何か言って」
震える声で彼女はそういうと、そっと、僕の腕に手を添えた。
既に寒さで感覚などなくなっていた身体。けれど、彼女が触れたその一点だけ、リアルな世界へと引き戻されて、自分は存在しているのだと、改めて実感する。
「私、どうすればいい?」
どうすればいい。僕は、どうすればいい。
「僕は・・・」
やっとで出す声は、とても頼りなく、喋るのがこんなに大変なんだと知った。
「ずるい」
まだ顔を隠す手を離す気にならなくて、僕はそのまま話し続けた。
「わからないんだ。どうすればいいのか。どうしたいのか。僕自身もわからない。
風車が言ったんだ。"お前は変わらない"
解ってる。そんなことは解ってる。でも僕は、変わりたいんだ。
変わりたい、のに、変化を恐れている。
変わることで何かを失ってしまったら?僕は怖い。
だから僕はこんなにずるい。それなのにに心配してもらって。
友人たちは僕のことを親友と言ってくれて、こんなに幸せなのに、
ずるい僕は、こんなに強欲」
今にも、叫び出しそうだった。僕も。僕の中の怪物も。
「あなたが」
が言った。
「何を欲しているのか私には判らないけど、人間って貪欲なものよ。
幸せの中にいると、それが当たり前になってしまって、
もっともっと欲しいと思ってしまうのよ。
でもリーマスは、自分は幸せだと気付いているから、素敵じゃない?
ずるいだなんてそんなこと、ないと思うわ」
でも僕は、人間じゃない。
思わず言ってしまいそうだった。
僕のこの欲望が、目の前にいる君が欲しいという欲望が、人間のものではなく、怪物が欲する本能だとしたら、どうすればいい?
君に真実を話して、それを確かめる?
そんなこと、出来ない。それで君を失うと思うと僕は怖い。だから、ずるい。
「春が、似合うわ、あなた」
突然が話を変えた。
「その鳶色の髪が、春を思い出させる。
私、春が一番好きよ。暖かくて、優しいでしょう。
だから春が待ち遠しくて風車、作ったの。
くるくる廻りながら移り変わっていく季節のように、常に変化していくんだわ。
そして、また春が来る。でもそれは、以前の春とは少し変わっているんだわ」
素敵ね、と彼女は言った。
優しい声音で話す彼女は、きっと今、優しく微笑んでいるに違いない。
涙が、零れた。
そんな考え方もあるのだと、僕はいつも君に救われる。
僕と全く違った考え方をする彼女が、とても、とても愛しくて、僕は静かに涙を流した。
それはまるで、春の息吹を待つ新芽のような興奮。それが僕を、静かに浄化した。
「ちょ・・・!どうしたのよ二人とも!?びしょ濡れじゃない!」
談話室に戻った僕らを見て、一番初めに駆け寄ってきたのはリリーだった。
「ちょっと遊んできちゃった」
へへへ、と笑いながらが言った。
「へへへ、じゃないわよ!ほら二人とも、こっち来て温まりなさい!」
リリーは有無を言わせず僕らの腕を引いていく。
「お帰り、リーマス。遅かったじゃないか」
暖炉の前の空いたスペースに、シリウスと座り込んでいたジェームズが、朗らかに言った。
そこには、色とりどりの風車が魔法の力で立ち並び、くるくると軽い音を立てて廻っていた。
「わあ!どうしたの、こんなに沢山!」
嬉しそうにが駆け寄った。
「作ったんだ。みんなで。リリーが君と作ったのを見て、どうせなら沢山作ろうと」
中々のものだろう?と得意気に、ジェームズが言った。
「お前のも貸せよ」
シリウスはそう言うと、の赤い風車を受け取り、色とりどりの風車の群れへ付け加えた。
「花畑みたいね!ますます春が待ち遠しいわ!」
暖炉の前でくるくると廻る風車の群れを眺めながら、は声を大きくして喜んだ。
「は、春が好きかい?」
ジェームズが聞いた。
「ええ。とっても」
が笑顔で答える。
「へぇ。俺は冬も好きだけど」
とシリウス。それを聞いて、ジェームズが「だろうね」と横目で意味有り気ににやりと笑った。
が不思議そうに首を傾げたが、それには構わずジェームズが言った。
「僕は夏だね。愛しいリリーの赤い髪は木々の緑に良く映えるし、
彼女の瞳は初夏の新緑の如し。だから夏が一等好きさ」
リリーは大きく溜息を吐いた。その隣でピーターがくすくす笑う。
「リーマスは?」
ジェームズは自分の答えに満足したらしく、ふふんと鼻で軽く笑い、今度は僕に向かって聞いた。
先程から風車たちの前で呆然と立っていた僕は、不意を突かれて戸惑った。
シリウスと、の視線がこちらに走る。
そして、と瞳が合った。
黒い瞳は炎で揺らめき、彼女の後ろでは沢山の風車が、くるくると廻っていて、まるで、花畑にいるようだ。
「僕も、春が好きだよ」
の瞳を見つめながら、僕はにっこり微笑んだ。
「って言うか、お前ら、まず着替えて来いよ。そんなんじゃ風邪引くぞ」
シリウスが思い出したように僕らに言った。
は、はーい、と言って暖炉から離れ、僕を促した。
暖炉から離れると、途端に寒くなる。暖炉の炎がどんなに暖かかったかを実感する。
ありがとう。
一歩先を歩くの背中を見つめながら、心の中で僕は言った。
これからは風車を見て思い出すのは、君と、君の優しい言葉。
あの赤い、
くるくると廻った風車
春が好きと言った君。
暖かくて優しいと、春を待ち望んで微笑んだ君は、
まさに、春、そのものだった。
好きだよ、僕も。
僕も、春が好き。
Close
HeyDay投稿作品。ちょっと長くてすみません;初めての企画参加なのに、こんな微妙な話になってしまって・・・。「chocolat」と「regeneration」を足して二で割った感じの話になってしまった・・・。「緑の黒髪」と最後被ってるし・・・。ボキャブラリ少な・・・。すみません;;
かざぐるまと輪廻を連想させたかっただけです。無謀でした。
感想・叱咤お待ちしております!________'05.11.2筆 花