「あなたと友達になりたいの」 そう言って、彼女は僕に近付いてきた。 「いいよ」 僕は言った。 You 親愛なるへ。生まれてきてくれて、ありがとう。 それからというもの、彼女はことあるごとに僕に話し掛けてくるようになった。些細なこともそうでないことも、彼女は言葉巧みに僕に話して聞かせてくれた。 僕から話をする必要はなかった。彼女の話題が尽きることはなかったから。 僕と彼女の距離は付かず離れずで、僕にはそれが丁度良かった。 しかし僕は、どうやら彼女の罠にはまったようだった。 「5月ね」 卒業が迫った5月の頭に、彼女は独りごちた。(独り言にしてはあまりに大きな声だった) 「そうだね」 僕は応えて良いものか迷った挙げ句、相槌程度の反応を見せた。 「もう少しで卒業だー」 彼女はソファの背もたれに頭を乗せて大きく仰け反った。僕はまた少し考えて、そうだね。と相槌を打った。 暫らく沈黙が続いてから、突然彼女が立ち上がった。僕は驚いて彼女を見上げる。しかし彼女は何も言わず、ちらりと僕を流し見てからそのまま寝室へと上がって行った。僕は訳が解らず一人取り残された。 次の日から、彼女は全くいつも通りで、昨日のことなどなかったことのように振る舞った。ところが3、4日に一回、彼女は何か言いた気に、口籠もるようになった。 そんなことが6回あって、僕はついにリリーに聞いた。 「彼女、最近どうしたの」 「え?」 「だよ。今月、何かあるの?」 「何で?」 リリーは全く覚えがないと言うように首を傾げた。 「強いて言うなら、誕生日、かしら」 「え?」 僕が間抜けな声を上げると、リリーはにやりと笑った。 「知らなかったの。21日、明日よ」 僕は時計に目を走らせた。23時27分。明日はもうすぐそこだった。 僕は急いで寝室へ行き、ジェームズに透明マントを借りた。(彼は何も言わずに素直にマントを貸してくれた) 何故自分がこんなに急いでいるのかふと疑問に思ったが、最近の彼女の様子が僕に原因があるのだとしたら、僕は彼女に対して何らかの処置をしなければならないし、日頃の感謝を述べるには、誕生日は最適だ。 透明マントを借りた僕は急いで談話室に戻った。ぐるりと周囲を見渡してリリーを見つけると、彼女の居場所を聞いた。 「さあ…?天文学のレポートを仕上げに南塔に行くって言ってたかしら?」 のんびりと答えるリリーに少し乱暴にお礼を言うと、僕は走って談話室を後にした。 「間に合うと良いわね」 背後にリリーの面白そうな声が聞こえた。透明マントを羽織り、僕は南塔に向かって走り出した。 僕はこの時気付くべきだったんだ。リリーが何故にやにやと笑っていたか。 ジェームズが何故何も言わずにマントを貸してくれたか。 でも僕には考える余裕がなかった。 なぜならあと3分で日付が変わろうとしていたから。 誰よりも早く、おめでとうを言いたかった。 南塔の階段を一気に駆け上がり、その勢いに任せてぶつかるように扉を開けた。扉はバタンッ、と大きな音を立てて、気持ちの良い春の夜に僕を放り出した。 「誰!?」 突然の騒音に、彼女は目を見開いて身を縮めていた。 「リーマス!びっくりさせないでよ!」 マントを外し、姿を現した僕に向かってぶつくさと文句を言う彼女を無視して、僕は膝に手を当て呼吸を整えた。 ちらりと腕時計を見ると、丁度秒針が12のところに戻って来るところだった。 「!」 僕が勢い良く身体を起こし、彼女の名を呼ぶと、彼女はビクリと肩を震わせて黙りこんだ。 「・・・おめでとう」 なんだか急に恥ずかしくなって、肝心な言葉が小さくなってしまった。 彼女はゆっくり瞬きを一つして、笑顔を顔中に張り巡らせた。 「どうしたの急に」 クスクスと笑い声を噛み殺しながら彼女は言った。 「誕生日だろう、今日」 「うん、そう。知ってたの」 「聞いた」 僕がそう言うと、彼女は急に笑みを消した。 「やっと!」 まるで責めるような口調で僕に言う。 「あなたの方から興味を持ってくれたのね」 強い視線。ああ、そうか。彼女はこれを待っていたのか。 「僕の誕生日は3月だよ」 僕はにこりと笑った。 「知ってる」 「知ってたなら祝ってくれれば良かったのに」 「だって、何だか悔しかったんだもの。いつもいつも私ばかり」 彼女は足元を見つめながら言った。 「ごめんね。ありがとう」 そんな彼女がとても愛らしくて、僕は相変わらずにこにこと笑った。 「君は気付いていないだろうけど、僕は、君に救われていたよ。君が僕に興味を持ってくれて、僕は幸福だ。君に出会えたことを感謝するよ。ありがとう」 心地良い風が、僕らの身体を優しく凪いだ。 「誕生日、おめでとう」 怒ったような、泣きたいような、困ったような、そんな笑顔で彼女は言った。 「ありがとう」 これからは、僕から君に。 Close あとがき Happy Birthday,YU! 大変遅くなりましたがささやかなお祝いを・・・。 駄文で申し訳ありませんがこんなんで良ければお持ち帰り下さいな。 この文章は、悠ちゃんのみお持ち帰り可能です。 '06.6.1筆 花 |