「なんて、考えなしなのかしら」
皆が寝静まった後、私は寝室の窓辺から外を見下ろし、溜息を吐いた。
大きな暴れる柳に向かって行く大小三つの影が見える。それらはつい先程まで人間の形をしていたが、今は違った。
空を見上げると真ん丸と太った月が、我が物顔で地上を支配していた。
柳に視線を戻すと、そこはすでに静まり返っていた。彼らは今夜も、実に見事に、誰にも見つかることなく城を抜け出したと思っているだろう。
彼らは知らない。私が見ていることを。
彼は知らない。私が知っていることを。
「自信過剰」
私はふん、と鼻を鳴らすと、そのまま談話室に下りて行った。
真夜中の談話室は勿論静かで、暖炉の炎だけが、まるで誰かを待っているように弱く、爆ぜていた。
私は暖炉の傍のソファに寝転んだ。炎の熱で身体が温まり、眠気が襲う。
目を閉じて、時を待った。
彼は毎月、満月の夜に姿を消す。夕方、陽が沈むと月が昇る前に皆に気付かれないようコソコソと城を抜け出す。皆が寝静まると、今度はジェームズたちがコソコソと城を抜け出した。そして、リリーは生徒たちに早く寝るよう号令をかけた。
彼の秘密に気付くまでに、そう時間は掛からなかった。でも、彼が隠しているのならと、私もそのことに触れずにいた。
そのうち、彼の友人たちが彼のためにアニメーガスになった。私は勿論知らぬ振り。それが、友情を保つ為に必要なことなのだと決め付けていた。
それからリリーが監督生になった。彼女は皆に早く寝るよう指導する。それは、監督生として当たり前のことだと彼女は言った。私は、彼女の言うことに従った。
聞くことが出来なかった。聞いてはいけないのだと、決め付けていた。それなのに、私だけが知らないことに腹が立った。私はただ、見ているだけ。
泣きたくなった。臆病な自分に悲しくなった。臆病な彼に、悲しくなった。
ガタン、と談話室の入り口が音を立てた。私は慌ててソファに身を隠す。
パタパタと、数人の足音が聞こえた。そぅっと覗くと、ジェームズたちが透明マントを脱いだところだった。
ジェームズと、シリウスと、ピーターと。
先程窓から見た三つの影の張本人だ。彼らは小声で喋りながら、私には全く気が付かずに急いで寝室へと上がって行った。
私は軽く溜息を吐く。大概彼は、ジェームズたちよりも遅れて戻ってくる。恐らく、マダム・ポンフリーのところに行って治療をしているのだろう。
暫くして、再び談話室の入り口が音を立てた。今度は私は隠れずに、彼を待った。彼が寝室へ上がる前に、暖炉の炎にあたって休んで行くことも知っていた。だからこそ、この日だけは暖炉の炎が絶えないのだ。ダンブルドアか、マダム・ポンフリーの指示か、それとも親切なしもべ妖精が事情を知っているのか分からないが、毎月、この日だけは炎が消えることはなかった。
足音が数歩分聞こえ、パタリと止んだ。
「・・・?」
背中越しに、戸惑いを隠せない様子で彼が言う。
私は少し上を向いて、しっかりと言った。
「おかえり。リーマス」
返事はなかった。暫く沈黙が続き、私は溜息を吐いた。
「座りなよ」
振り返らずにそう言うと、少し間を置いてから、遠慮がちな足取りで彼は私の近くのソファに座った。
「・・・ここで、何してるの」
深刻な表情で彼は言った。少しでも笑顔を見せようと、努力しているようにも見えた。
「あなたを待ってた」
にこりと、笑んだ。彼は目を見開き、何か言いたそうに口を僅かに動かした。
「何も言わなくていいの」
私は言った。
「私も、何も言わないから」
泣きたくなった。臆病な自分に悲しくなった。臆病な彼が、愛しくなった。
目を閉じて、鼻の奥の熱が通り過ぎるのを待ってから、私は再び彼に微笑んだ。
「あなたと、お茶をしようと思って」
私は杖を一振りした。目の前のテーブルに、ティーセットとチョコレートが現れる。ほんのりと、ラベンダーの香りが漂った。
俯く彼にどうぞ、と声を掛けると彼は一瞬喉を詰まらせて、
「ありがとう」
と静かに言った。
泣きたくなった。臆病な自分と、彼のために。
色々な種類のお茶を用意しよう。
だからあなたは、
腹の音が鳴く頃
私のもとへ、帰っておいで。
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あとがき
hpdf投稿作品。リリー監督生設定。
題名とそれに続く言葉が書きたくて書いた話。
感想・叱咤お待ちしております。
'06.4.11筆 花
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