しとしと、しとしと、雨が、降る。





シトシト、シトシト、痛みに、震える。






レイニィ・ペイン








ふと見ると、庭でジェームズとシリウスが、スリザリンのスネイプ相手に話をしていた。
あの三人が仲良くオハナシをしている訳がなく、は不安に駆られて庭へ急いだ。

案の定、
彼らの声がやっと届くところまで来てみると、スネイプは彼らの悪戯の標的にされていたらしいことが分かった。
そのことで彼は二人に悪態を吐いている。
当の二人は悪びれる様子は欠片もなく、スネイプを軽くあしらい、それすらも飽きたらしいシリウスは、
「レポートが残ってるからこんな奴、相手にしてる場合じゃない」
お前も早く戻って来いよ。と親友に言い残して行ってしまった。
ジェームズは軽く手を上げシリウスに返事をし、まだぶつぶつと言っているスネイプに向かって言い放った。
「おいおい。君、何か勘違いしているんじゃないか?」
それは、思い切り侮蔑の色を含ませた声で。
「別に、僕たちは君に対してやったんじゃないよ。君が、そこに居るのが悪いんだ」
解るかい?と付け足して、ジェームズはスネイプを見下した。
スネイプは唇を怒りで震わせ、杖を抜いた。ジェームズも素早く杖を構える。

「ジェームズ!何やってるの!」
は慌てて二人のもとへ駆け寄った。
「二人とも、杖をしまったら?」
二人の間に割って入り、彼らを睨む。
ジェームズは肩を竦めて杖を下ろした。
「はっ!ポッター、怖気づいたか?では丁度良かったな。その女の後ろに隠れるがいい」
スネイプの視線がに向かう。
「その、正義面した臆病な日本人のな」
ゆっくりと、吐き捨てるようにスネイプが言った。
瞬間、ジェームズの手が、スネイプの杖を持った腕を掴んだ。

「ファントム・ペインって知ってるかい、スニベリー?」
怯んだ相手に、ジェームズは容赦なく冷たい視線を向ける。
「腕や足を失った人が、局部に感じる痛みだ。
まるで、元あったところに手足が戻ったような、焼けるような痛みなんだってさ」
ゆっくりと、ジェームズは腕を掴む手に力を込めた。
スネイプが苦痛に顔を歪める。
「お前も、感じてみたいか?」
ジェームズの目が、妖しく光った。

「ジェームズ!」
は震える声でジェームズの名を呼んだ。
「もう、止めて。もう、十分よ」
彼はちらりとを一瞥し、再びスネイプを冷たい瞳で見返してから、鼻で笑って手を離した。
「残念だったな」
スネイプは肩で息をしながらも、憎しみの限りを尽くした目で、ジェームズを睨んだ。
「セブルス、もう行って」
ははっきりと言う。
スネイプはまだ言い足りないといった風に大きく舌打ちし、去って行った。

暫く沈黙が続いた。
空は重い灰色で、今にも雨が降りそうだ。
夏の名残の湿気が空気をさらに重くし、気分が沈んだ。

、大丈夫かい?」
痺れを切らしてジェームズが沈黙を破った。
遠慮がちに、俯いたに手を伸ばす。
「良くないわ」
ジェームズの手が届く前に、が短く、一言言った。
彼は行き場の無くなった手に困りながら、目の前の少女を見つめる。
再び、沈黙が続いた。

暫くして、ぽつり、ぽつりと雨が降り始めた。
ジェームズは空を見上げた。

まるで、この少女の代わりに泣いているようだ。

自分が泣かせたのだという自己嫌悪に陥りながら、彼はに視線を戻す。

掠れる声で、彼女の名を呼ぶ。
「私は大丈夫よ。ありがとう。あなたは?大丈夫?」

顔を上げた彼女は、微笑んでいた。

「雨、強くなる前に、城へ戻りましょう?」
はそう言うと、ジェームズの横を通り過ぎようとした。
しかし、ジェームズがそれを引き止める。
の腕を引き、自らの腕に彼女を抱く。

細い肩が、一瞬震えた。

「ごめん」
小さな声で、聞こえるかどうか判らないくらいの小さな声で、ジェームズは呟いた。
「なぜ、謝るの。貴方は私を助けてくれたのよ」
の手が、ジェームズの腕に触れた。

「君は、優しいね」
を抱き締めたまま、ジェームズは言った。
「優しすぎて。優しい人を見てると僕は、居た堪れなくなるよ。不安になる。いつか・・・」
ジェームズは、少女を抱き締める腕に力を込めた。

雨は次第に強くなり、二人の体温を奪っていく。
しかし、不思議と寒くはない。
互いに触れ合っているところから、互いの鼓動を感じている。

「いつか、自滅してしまいそうで」

二人の身体を雨が打つ。
イタイイタイと言いながら。

ジェームズは間違いなく、泣いているのは彼女だと思った。
しかし、泣かせているのは自分である、と慰めの言葉も出てこない。
ただ、彼女を抱き締めたまま、顔を見ることすら出来ない。
身体は雨が打って痛いのに、互いに触れ合っているところは温かい。

次第に雨は弱くなり、はそっと、ジェームズから離れた。

「ありがとう」

優しい微笑を浮かべながら、彼女は言った。
それからすぐに、いつもの勝気な笑顔に戻る。
「私からしてみれば、貴方やシリウスの無茶なところの方がよっぽど不安だわ。それも、毎日」

いつの間にか雨は止んでいた。土の匂いが鼻をつく。
ジェームズは力なく笑い、の唇に、キスを落とした。





しとしと、しとしと、雨が、降る。




シトシト、シトシト、痛みに、溺れる。




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あとがき
少しだけ、リアリティのある現実を入れるのが好きです。
ファントム・ペインについて、気分を害された方がいらっしゃったら
この場を借りて、謝罪します。

ジェームズの狂気です。
純粋故の狂気。と、優しさ。
最後にキスをするのは恋人だからではありません。
上手く説明できませんが、恋愛がらみのキスではないのです。
ジェームズは単純に複雑なのです。


感想・叱咤、お待ちしております。
'05.07.04筆 花