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褪せない焦るこの気持ち

東洋人、それも、日本人を見たのは初めてだった。
もちろん魔法界にだって色々な国籍、人種の人間がいるし、魔法省に勤めている父に連れられて役所に行ったときやダイアゴンに行ったときにアジア系の人たちは見たことがある。
でも、日本人は初めてだった。

日本という小さな島国で生き抜いてきたその種族は、大陸の人間とは何かが違って僕らイギリス人と共通するところがあり、やはり決定的に別の人種だった。

「ここは気紛れな城だから、みんな気を付けてね」
首席バッジと監督生バッジを二つ付けた彼女は、漆黒の髪と瞳で新入生を試すように笑いかけ、今夜からグリフィンドール寮に入ることになった僕たちを引率してくれた。僕は興味本位で彼女の半歩後ろにつき、聞いた。
「あなた、日本人?」
彼女は一瞬詮索するような視線で僕を見たが、すぐに笑顔に戻る。
何故だか少し、快感を覚えた。
「そうよ。珍しいでしょう?」
「ええ。僕、日本人に会うのはあなたが初めてだ」
「そう。確か、5年前の卒業生の中にも日本人がいたわ。彼女も同じグリフィンドールで、素敵な人だった」
僕は新入生の中では背の高い方だったけど、それでも6歳上の彼女の方がやっぱり頭一つ分くらい大きくて、僕は彼女を見上げる。
彼女は真直ぐ空を見つめ、ここではないどこか遠くを想っているようだった。
なんとなく、声が掛け辛かった。

廊下のつきあたりで彼女は立ち止まった。
「さあ、着いたわ。みんな揃ってる?ここを通るには合い言葉が必要よ」
そう言うと肖像画の太った婦人に向かって「ドロドロの桃!」と叫んだ。
「グリフィンドールにようこそ!おちびちゃんたち」
婦人は上機嫌で扉を開けてくれた。
「明日からすぐに授業が始まるから、みんな今日はすぐに寝たほうがいいわ」
監督生の彼女は監督生らしく言う。
「おやすみなさい」
僕は彼女に言った。
本当は、名前を聞きたい。教えたい。
「おやすみなさい」

次の朝、僕は大広間で彼女の名前を知った。
出来ることなら自分から聞きたかったけど、現実はそうはいかないときの方が多い。
「おはよう!ミドリ 、こっち!」
僕の正面に座っていた上級生の男が、入り口に向かって叫んだ。
ミドリ 、という聞き慣れない発音に、正面の男の視線を追い掛けた。その先には、監督生で首席の彼女。
ミドリ 。そうかミドリ っていうのか。
気付かないうちに僕は失礼すぎるほど彼女のことを見つめていたらしい。
「おはよう、イアン」
「時間割り出てるぜ」
「ありがとう…あ」
時間割りの書かれた羊皮紙を受け取りながら、彼女は僕の視線に気が付いた。
「おはよう…えっと…」
「ビルです。ビル・ウィーズリー。えと、おはようございます。ミドリ 」
僕は慌てて言った。
「おはよう、ビル。昨夜は良く眠れた?」
「ええ、とっても」
彼女はやっぱり年上らしく微笑んだが、昨日とは何だか雰囲気が違って見えた。
それは、今が朝のせいか、隣の同級生のせいか。どちらにしても、何となく不満を覚えた。
「新入生?偉く男前だな。俺はイアン。7年だ」
彼女の隣の男が割って入った。
「クィディッチのキャプテン」
ミドリ が付け加える。よろしく、と彼が言った。
「それにしてもミドリ 、もう一年生に目を付けたのか?それもこんな将来有望株を」
イアンはニヤリと笑った。
「馬鹿なこと言わないでよ、イアン」
彼女がクスクスと笑う。僕は顔が熱くなるのを感じ、俯いて黙々と朝食を食べることに集中した。一緒にいたルームメイトが時々何か話し掛けてきたけど、あまり耳に入ってこなかった。
何だろうか。この感情は。疎外感、というかある種の不満や不安があった。

上級生である彼女とはもちろん接点が少ない。僕は一生懸命彼女を探すけど、彼女は僕のことなど気にしていない様子だった。

彼女を見ていて気付いたことは、時々ふと、視線が泳ぐこと。いや、泳ぐと言うより浮く感じだった。
友人といるときも図書室で勉強しているときもふと、空を見つめる。まるで心ここにあらず。何を考えているのか全くわからなかった。

ミドリ とイアンは仲が良い。一時期は二人付き合ってるのかと危惧したときもあったけど、そんな話を聞くことはなかった。

ある日、図書室で勉強していたら、丁度二人もやって来た。もちろん僕には気付かない。
二人は僕から離れた席に向かい合わせに座った。ミドリ はこちらに背を向けた形で座る。
気付け、気付けと念を送るが通じた試しがない。

しばらくするとやはりミドリ がぼぅっとする。
先程まで熱心に動いていたペン先はぴたりと止まり、頭を起こした。手に顎を乗せ、斜め上の方を見ている様子だった。
イアンも彼女の様子に気が付いた。ミドリ に声を掛けようと口を開くが、すぐに思い止まって口を閉じる。そして、軽く眉間に皺を寄せ、まるで眩しいものを見るようにミドリ を見つめた。
その瞳の色に、僕は、彼も僕と同類なんだと直感した。

イースター休暇が明けて、今学期も終わりに差しかかろうとしていたある夜の談話室。僕は最後まで居座っていた。なぜならミドリ も席を立たないから。彼女はいかにも優等生らしく、談話室の隅で一人で勉強していた。
「ビル、寝ないのか?」
友人たちにそう聞かれるたびに「切りのいいとこまで読んでから」と持っていた本を持ち上げた。

周りが静かになったころ、彼女の様子を伺うと、彼女は机に伏して寝ていた。意外に思う。
疲れているのだろうか。

起きろ、起きろ、起きろ。

僕は性懲りもなく念を送った。やっぱり起きない。僕は読んでいた本を閉じて席を立った。
起きろ起きろと念じながら、足音を忍ばせて彼女に近づく。
手を伸ばして彼女の髪を掬った。
腰のあたりまで伸びた彼女の髪は、少しひんやりとしていて気持ちが良い。僕から逃げるように指の隙間を抜けてさらさらと落ちていった。

起きろ。いや、起きるな。
そのまま、僕だけが触れられる存在になってしまえ。

僕はもう一度髪を掬った。今度は逃がさないように捕まえて、その髪にキスをした。
何か、契約でも結んでるみたいだ、と心の隅で笑った。
「ん…」
彼女が目を覚ました。僕は慌てて手を離す。
「ごめんなさい。起こしてしまいましたか?」
起きろと願っていたのに、偶然を装って言った。ミドリ は両手で目を押さえて、んーと唸った。
「こんなところで寝てると風邪引きますよ。寝室に戻らないと」

戻らないで。たまには僕を見て。

「起こしてくれたの?ありがとう」
ミドリ が言った。
「いいえ。起こそうと思ったわけじゃ…」
彼女の目は少し充血していた。
「寝不足…?」
それを見た僕は思わず聞いた。
彼女は一瞬言葉に詰まり、困ったように微笑んだ。
「ちょっと、ね。最近ちゃんと眠れなくて」
そしてふっと、視線を反らす。

僕を見て。僕を見て。

「もうすぐ、卒業ですね」
僕は言った。
「…うん。やっと卒業できる」
ミドリ は背もたれに寄り掛かり溜息を吐いた。
「学校、嫌いだったの?」
僕は幾分ショックを受けながら聞いた。
「ううん。大好きよ」
彼女は僕を見上げる。
「じゃあ、なぜ…」
「学校にいるしか出来なかったのが悔しいの」
彼女は言った。

五年前にも日本人の卒業生がいたって言ったでしょう。リサって名前だったわ。彼女と同じ学年に、彼らがいたわ。
「ジェームズ・ポッター」
彼女は次々と名前を挙げた。
「リリー・エバンス、シリウス・ブラック、リーマス・ルーピン、ピーター・ペティグリューそして、リサ・クニサダ」
彼らは、私の憧れだった。
私が入学した時、彼らは6年生。目立つ存在だった。破天荒で毎日お祭騒ぎ。無茶ばかりしてたけど、皆優秀で、優しくて、勇敢だった。
彼らが卒業してからは学校内が一気に色褪せた。私、彼らのようになりたくて沢山勉強したわ。彼らのように監督生にもなったし、首席も取った。
でも、学校にいるしか出来なかった。
「悔しかった」
彼女は両手で顔を覆った。

ポッター夫妻のことは聞いていた。去年、例のあの人の手によって殺されたと。夫妻の子供が誰にも出来なかったことを成し遂げ英雄になったと。皆、もちろん僕も歓喜したのに、まだ、忘れられない人が、ここにいた。

「憧れも目標もバラバラになっちゃったんだ」
ミドリ の声は上擦っていて、泣いているようだった。

泣かないでミドリ 。僕を見て。

「僕ね、下に6人兄弟がいるんだ」
凄いでしょう?と言って笑ってみせた。もちろん彼女は見ていないけど。
「僕は長男だから、弟たちの見本にならなきゃいけないんだ。でもここでは一番下。なんだか不思議だったよ。お姉ちゃんやお兄ちゃんが一気に増えた気がした」
ミドリ はゆっくりと僕を見上げ、にっこりと微笑んだ。
「楽しそうなお家ね」

やっと見た!

「僕…。僕、あなたを目標にしていい?あなたは僕の憧れだから、あなたが卒業したら色褪せてしまう」
彼女は目を丸くした。
「だから、あなたは僕に追い付かれないように必死で生きて」

暫らく沈黙が続いた。
僕は勢いに任せて訳の解らないことを喋ってしまったことに気が付いて、顔が熱くなる。

「…あっはっは!」
突然、ミドリ が笑いだした。
「私別に、死ぬつもりなんてないわよ!」
「僕、そんなつもりじゃ…」
彼女は笑い続ける。

「ありがとう」
十分に笑った後、彼女は言った。
「彼らは私の永遠だから、私、彼らを追い続けるわ」
彼女の瞳に映るのは、やはり僕ではないようだ。
でもなぜか、満足だった。
「じゃあ、僕も、あなたを追い続ける」
そう言うと、彼女はにっこりと笑った。机の上を片付けて、席を立つ。
この一年の間に僕の背は少し伸びて、彼女の目線が近付いた。僕も、にっこりと微笑み返した。
「おやすみ」
そう言って彼女は寝室へ上がっていく。

振り返れ。僕を見ろ。

最後まで僕は足掻く。彼女が振り返らないことを知りつつ。


ああ、なんて理不尽

この想い




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HPDF投稿作品に少し加筆。
スランプ感が抜けてない・・・。初ビル。もっと色々書きたかったけど、長くなりそうだったのでカット。_06.01.03筆 花